おむえす

脳に栄養を

対人援助は可能性の探求である

今までWAISを施行していて、印象の残るクライエントは数多く存在する。

その中でもこちらの感情を揺さぶったのは、A子であった。

『終わったら教えてください』と積み木の教示で行うのだが、完成すると外国人よろしく両手を黙って斜め前に差し出す。

終了の合図なのかの判断が難しいのだが、得意げな顔なので恐らく完成なのだろう。

他の下位検査でもいちいち気に障る返答であったり、独特の高圧的で高飛車と感じてしまう表現を行う人物であった。

 

FIQは80強で、検査時の様子や特徴的なコミュニケーションパターンも踏まえ、発達障害の可能性を示唆する所見を作成したと記憶している。

というのも、WAIS-Ⅲにおける言語性と動作性の差が優位ではなかったが、境界域であったためである。

 

その後A子は筆者の管理する小規模精神科デイケアの導入となったのだが、もちろん拒否的であり参加することはなかった。

カウンセリングは囲い込むタイプの別の心理士が行っており、私はテスターとしての関わりのみであった。

 

それから数年、私は再びA子と対峙することとなる。

 

話は少し変わるのだが、私の心理療法は力動精神医学のオリエンテーションのもと、認知行動療法を活用するといったカウンセリングや相談援助を行う。

常に教え込まれたのは

ブレインストーミングをしなさい。最低でも5つの可能性を出すこと」

であり、多くの実習生に伝えてきており、カンファレンスでも重視している。

 

公認心理師の職業的発達の中にも表されていたが、カンファレンスはこの可能性の探求と吟味の重要な部分を占める。

今回A子という架空の事例を用いて、読者の皆様とともに考えていきたい。

コメントでもメールでも構わないので、想像力を働かせてお教えいただきたい。

事  例:高飛車なA子

基本情報:30歳女性 未婚 グループホームにて生活 生活保護受給中

成育歴 :首都圏にて出生。二人同胞の長女。母方の祖父母含む拡大家族で6人暮らし。祖父はアルコール依存症であり暴力的、母は厳格な人物であった。父は入り婿で存在感が薄く、妹は自由奔放であった。出生時の問題は確認できず。

現病歴 :小学校高学年より不安緊張を強く感じるようになり、強迫行為や摂食障害が出現する。中学校に進学すると対人関係がうまく行かず、不登校がちになる。精神科病院にて摂食障害の治療を行う。普通高校に進学、在学中精神科病院に入院し、統合失調症の診断を受ける。Ⅹ-10年、卒業を機に家から離れたいと海外の大学に進む。入学後すぐ不適応を起こし、自傷を繰り返していた。その折にカウンセラーと出会い大学を中退する。X-8年親元には戻らず遠く離れたカウンセラーの運営するグループホームに入居する。入居後、筆者の勤務する精神科を受診し、心理検査(WAIS-Ⅲ,ロールシャッハテスト)を受け、発達障害の診断を受ける。精神科デイケアを導入するも拒否し、カウンセラーの運営する就労移行支援事業所を利用する。現家族との分離のため、成年後見制度を利用し、生活保護を受給する。X-5年事業所の閉鎖により、就労継続支援A型事業所のスタッフとして勤務開始。次第にカウンセラーとの関係性が悪くなり、X-2年カウンセラー交代となる。しかし、グループホームでの生活は継続しており、毎日関係性が悪いカウンセラーと顔を合わせるとともに、援助方針に従う必要性があったため、頻繁にパニック発作を起こす。X年、職場での対人関係を理由に休職し療養となる。治療関係者への不信や不満が強く、主治医が変更となる。復職に向け、精神科デイケアの導入を行う。

主  訴:復職に向けてのステップとしてデイケアをすすめられた

f:id:psycocoro:20180927230615j:plainPhoto by Melanie Wasser on Unsplash

以上、A子の事例である。

もちろん、架空であり実在の人物ではないとご理解いただきたい。

さて、上記だけでもいろいろ考えたいところであるが、筆者もそれほど詳細がわからないもので、なんとなくそのような人と思って欲しい。

いわゆる美人タイプでエキゾチックな顔立ちをしている。

現在は「自閉症スペクトラム障害」と「境界性人格障害」の診断の見直しをしている。

というのも、愛情気球が強く、また話が迂遠がちであるものの了解可能でコミュニケーションの質的障害とまでは行かない。

しかしながら、独特の対人交流様式を持っており、情緒的親和性に乏しいともいえる。

 

さて、このような事例なのだが、実際にカンファレンスしたいのは以下の臨床症例である。

 

X年某日、筆者にデイケア導入以来が届く。A子と対峙するのは三度目であり、前回デイケアは固辞していたため憂慮したのであるが、復職に必要との主治医の判断を本人が受け入れており、過緊張および過適応に本人が注意するよう導入した。

数日後初回参加となる。

当日のプログラムは軽作業であり、複雑な塗り絵であった。

集団の中である程度集中していたが、一時間後表情を強張らせ、早退したいと申し出た。

不思議に思った筆者は理由を尋ねることにした。

すると、デイケア参加者にイライラが止まらない、これ以上我慢したら爆発してしまうとのこと。

イライラの気持ちについて掘り下げると、偉そうにしていることが許せないという。

普段はそのようにイライラしている時はどうするのかと尋ねると、爆発してパニックになるので、気づいたときに早めに対処する。

これまでそうして色んなものから離れてきたが、こうして早めに対処すればなんとかなるかもしれない、あとは主治医と相談したい、と述べた。

 

震えながら話すA子をこれ以上追い詰められた感覚にしてはと考え、早退を許可したのであった。

 

さて。このような臨床症例はカンファレンスの題材としてふさわしい。

つまり、①A子に何が起こったのか②A子にどう対応したらよかったのか、の二点に議論が尽きないのである。

A子のことがわからない時期だからこそ、たくさんの想像ができる。

みなさんはスッと5つの可能性を浮かべられるだろうか。

ぜひチャレンジしていただき、考えていただいたことを教えていただきたい。

 

念のため言っておくが、可能性に間違いはない。

正解がある問題を出しているのではなく、どれだけ想像力を働かせられるのかが肝要なのである。

明日はこのような、症例に対するブレインストーミングのコツについて少し述べさせていただきたいと思う。

 

カンファレンスで学ぶ 臨床推論の技術

カンファレンスで学ぶ 臨床推論の技術