おむえす

脳に栄養を

卵かけごはんと自閉症スペクトラム

卵かけごはんの一時的な盛り上がりは何だったのだろうか。

 

TKG

 

特集本まで出される始末であり、専用かけ醤油は未だにスーパーに並んでいる。

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熱しやすく冷めやすい。

国民性でもあり、大衆迎合社会の副産物ともいえる。

押しなべて周囲に合わせることが必要であり、突出した個性は煙たがられる。

 

私がカウンセリングや集団療法で重んじることは、目立たないことである。

アスペルガー障害を持つ方や、自閉症スペクトラムの方にはこう言うこともある。

 

「あなたに日本はあわないんでしょうね。それがあなたの苦しみなのです」

 

事実欧米であれば、個性を伸ばす教育が実践されている。

日本であれば、特別学級や特別支援学校で優しい教育を受けることができる。

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車検を受けて、近未来の制度について想いを巡らす

車検に行った。

私の住む地域は地方都市の外環になるので、車は必需品である。

さらに出身地は片田舎なので、車がなければ帰省できない状況である。

 

という所有の言い訳は置いておいて、車検に際して感じたことがあった。

まず、納税証明書が手元にない事である。

本年度からインターネットによる払い込みが可能となった。

これはとてもありがたいことである。

となると、当然納税証明書は手元にはないことになる。

自己車検でなければ、依頼機関が調査確認を行う。

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苦しい時にこそ『置かれた場所で咲きなさい』を読む

入院中に何度も何度も読み返した本がある。

以前も読んでいたはずだが、不思議と心にしみた。

年齢を重ねた経験がそうさせるのか、理解力が養われたレディネスなのかはわからなかった。

 

三度ほど読み返した後、当時大切にしていた友人に送った。

一緒に読んで感想を共有し、また同じ気持ちを持ってほしかった。

 

残念ながらそれは叶わなかった。

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渡辺和子氏の『置かれた場所で咲きなさい』である。

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おすすめスポーツ映画三選

夜風が涼しくなってきた。

今年の夏も終わり、また寂寥のある秋を迎えることだろう。

夏と言えば甲子園。

地元校が敗退すると、近県の高校を応援し、決勝ともなると解説者よろしく監督の采配に意見し、手に汗握る。

スター選手が日の目を見ることができないドラマも様々な場面に存在しているのだ。

 

私は野球観戦に興味がないのだが、スポーツものの映画は好きだ。

いくつかご紹介したい。

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残暑の空を見上げて余暇について考える

職場へ向かう電車は空席が目立ち、まだお盆休暇の余韻を感じる。

日本各地を襲う豪雨の影響は、通勤路にも見え隠れしており、ひっくり返った側溝の蓋が雨の強さを物語っている。

駅を一歩踏み出すと澄み渡る青空が広がっており、残暑の始まりを告げていた。

 

旧友に会う機会に恵まれた。

青春時代を共に過ごした彼らは、それぞれに地に足をつけて歩んでいる。

同じものを同じ環境で過ごした時間はかけがえのないものであり、対峙した時には懐かしさとともに慣れが蘇り、時間は一気に短縮される。

 

難病に罹った者、精神的に病んでしまった者、転勤や単身赴任となった者や転職した者など様々だ。

みな一様に時間の使い方について悩みを持つ。

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医療界はサービス化が進む

お盆である。

 

医療界において基本的にお盆は休みではない。

そもそも斜陽産業とも言える医療業界はサービス競争が行われているわけで、休みという概念は崩れつつある。

 

院長は明確にお盆が休みでない理由を述べる。

「病気に休みはない」

確かにその通りだ。

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本日は山の日である。

祝日になった。

日本は働きすぎだから祝日を増やさなければいけないという議論はもっともである。

メンタルヘルス対策としても休養は必須なのだ。

 

祝日が増えるとどうなるだろうか。

祝日になると、皆さんはどう過ごすであろう。

旧友と会ったり、恋人と出かけたり、家族サービスであったり。

 

お盆ともなれば、帰省し郷里で過ごす人も多い。

 

どう過ごすか。

食べるもの、行くところ、会う場所、すべてサービスを受ける。

サービス業の方は非常に忙しい。

今回は大型連休となる方も多い。

買い物や外食する機会も多いだろう。

怪我や病気になることは当然起こる。

 

医療はサービス業である。

 

必要とされたときに門戸を開いている必要がある。

それでいいと思う。

実際病棟で働く看護師の方にお盆はない。

入院されている患者さんのケアをしている。

 

医療費は年々増加しており、今までの医療が享受できなくなることは自明の理である。

社会保障費は圧縮される。

地域という心地よい言葉で、医療が受けられなくなる。

患者が減ると医療経営は成り立たない。

そうなれば医療のサービス向上はおかしな方向に進むだろう。

患者様をおもてなしすることが医療となるかもしれない。

 

我々医療人は、疾病を治すことに命を懸けている。

命を懸けられるのも、国が医療に対して手厚い保障を行っているからだ。

サービス業になったときに、果たして今以上の環境悪化に耐えれるだけの医療者がどれだけいるのだろうか。

 

医療は斜陽産業である。

病気に休みはない。

早期治療を逃すと、医療費はかさむ。

何かあれば早めに病院へ。

私という誰か

自分が何者であるか。

 

ふとした時に病魔のようにこの感覚が忍び寄ってくる。

 

何のために生き、何を目指しているのか。

 

不安で押しつぶされそうになり、胸をかきむしりたくなる。

 

このような不安を、「実存的不安」と呼ぶ。

哲学の世界ではこの不安を学術的に定義されている。

精神科領域においては、病的不安や妄想的不安が解消された時に現れてくるものとして認識される。

 

私は何のためにこの世に生きているのか

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