おむえす

脳に栄養を

眠れないという症状

高齢のクライエントが眠れないという訴えをされる。

布団に入ってから6時間ほど眠れずに布団で悶えているらしい。

 

その方は軽度の認知症があり、パーキソニズムでお口をいつももごもごされていらっしゃる。

パーキンソン病ではないので、精神病薬の副作用なのか認知症にともなう症状なのか判断はつきにくいのだが、本人はモゴモゴしている自覚はない。

会話の疎通性はたもたれているので、直接お聞きするのだが、もごもごに関しては

「入れ歯があわねぇんだよ」

とのお答えなので、いよいよ症状なのかどうかも怪しくなってきている。

 

クライエントの認知症の症状は物忘れが主体であり、思い出せなくてイライラするとのこと。

そもそも、双極性障害を患っていてる方であったため、認知症の出現は双極性障害が起因しているのかもしれない。

最近の話題は「眠れないこと」であるのは間違いない。

 

この「眠れない」という訴えはかなり多く、精神症状の始まりや増悪のサインとして注意する必要がある。

 

「眠れない」と相談に来られた際になにを考えるのか。

 

まず、クライエントにとって「眠れない」とはどういうことかを明らかにしていかねばならない。

 

Th:今日はどうされましたか

Cl:眠れなくて…

Th:眠れないんですね、そのことでどのようにお困りですか

Cl:もっとぐっすり寝たいんです

 

f:id:psycocoro:20181207162628j:plainPhoto by Arthur Savary on Unsplash

 

このような会話はカウンセリングの開始時によく見られる。

まず、クライエントの社会的背景を考えよう。

インテークにおいて、どのような生活状況化は明らかになっているはずなので、眠れないことがクライエントの日常生活や社会生活にどう影響を及ぼしているのか考えてみる。

家事ができない主婦なのか、仕事がままならない勤め人なのか、昼夜逆転を起こしているのか、クライエントの立場や状況に応じて想像する。

想像したら、それを検証していこう。

 

Th:眠れなくてお辛いでしょうが、お仕事への影響はありませんか

Cl:それが、一日ぼうっとしている感じで

Th:仕事でもミスが出るなど?

Cl:いや、なんとかこなしているんですが、きつくて…

 

こうして検証していくと不思議なもので、眠れないことがそれほど社会生活に影響を与えていない例も少なくない。

そのような場合は、「眠れない」という言葉の意味をもう少し考えなければいけなくなる。

「眠れない」ことで何かから逃れているのかもしれない。

「眠れない」から特別なクライエントとなっているのかもしれない。

「眠れない」ことで免除されるものがあるのかもしれない。

「眠れない」ことが頭から離れないのかもしれない。

「眠れない」とカウンセラーに会えるのかもしれない。

「眠れない」ほど何かに悩んでいるのかもしれない。

「眠れない」ようになる行動や生活があるのかもしれない。

「眠れない」ことを望んでいるのかもしれない。

「眠れない」症状で睡眠薬が欲しいのかもしれない。

 

もっともっと可能性はある。

クライエントの背景に合わせて仮説を生成しよう。

医療機関においては、眠れないから薬が欲しいというクライエントは多い。

私とタッグを組んでいる医師は、睡眠薬をほとんど投与しない。

カウンセリングや集団療法でリズムを作るという、生活環境の改善や認知の変容を促すことで睡眠のリズムを整える。

 

関係性の深いクライエント、つまり、ラポールの形成がなされたクライエントには、私もその手技を用いることもある。

 

Cl:最近眠れんのです

Th:そうですか。困ってるんですか

Cl:もっとぐっすり眠りたいですね

Th:ぐっすりですね

Cl:どうしたらいいですかね

Th:眠れなくてもいいのでは

Cl:えっ?眠りたいです

Th:眠れないとどんな風に困りますか

Cl:昼とか眠いですね

Th:昼に寝ることあります

Cl:昼過ぎから夜まで寝てます

 

このような会話も多い。

なんというか、体型の悩みで相談してくるクライエントの食生活を聴いている最中、カバンからコカコーラを取り出して飲んでいるのを見るような感覚である。

寝ることにこだわっているけど、寝るためのリズムを崩してしまっている。

 

では冒頭の認知症のクライエントの場合はどうだろうか。

 

Th:何時に寝ようとするんですか

Cl:21時には布団に行ってるな

Th:そこからは

Cl:寝れん。3時くらいまで起きてんじゃねぇかな

Th:そうですか、それは辛いですね。それで、起きるのは何時くらいに

Cl:9時くらいまで寝てるな

Th:6時間は寝てるんですね

Cl:もっとぐっすり寝たいんだよな

 

年齢的に十分眠れているとは思うのだが、寝入る時間帯の問題である。

というか、12時間布団に居るのもどうかとは思うのだが、その点を指摘すると一日布団の上だということである。

 

Th:寝る時間遅くして、運動したらどうでしょう

Cl:やだよ面倒くせぇ

Th:寝る2時間前とかに体温あげると、下がるときに眠くなりますよ

Cl:寝れんとな、3時くらいになるとイライラして「ええクソッ」てなるんだよ

Th:それでカッカしてその後眠くなるのかもですね

Cl:そうだろなぁ、もっと早めに寝てぇなぁ

 

クライエントにはリズムを整えることをお勧めするのだが、それは嫌だという。

睡眠は十分にとれているので、危機的な状況ではなく、むしろ自宅での過ごし方についてのサポートが必要であった。

関わるときにはこの点を重視して、生活状況を主として行動の変容を促していく。

しかし、寝付けないこと以外に問題はなく、それに向けての行動は見られなかったので、寝付けたときの行動を強化していく方針となったのである。

現在では、布団に入る時間を遅くしたことと、朝を早めに起きるという風に変化してもらったことで幾分改善した。

まだまだ自宅での過ごし方が布団の上で過ごしてしまっているため、何かする時間を持てるようにサポートしているところである。

 

眠れないという症状は、一言ですべてを言い表しているようで、その実中身が不明であるのだ。

どのような背景があり「眠れない」と言っているのかをよく考え、それを検証し支援策を立てていかねばならないのだ。

また、眠れないことにこだわりが起こってしまっているため、「眠れなくてもいい」というメッセージを伝えていくことも重要である。

「眠れない」ことによる本人の利益がどこかに生じているのだという視点も忘れずに見立てを行っていこう。