適応するために必要なこと
入院9日目である。
朝起きて最初にやることが、相場の確認になっている。
証券会社に勤める友人が言っていた。
「ぐっすり眠れる日なんてない。マーケットが世界で開くたびに、チェックするため目が覚めるんだ」
見るからに抑うつ状態であったため、仕事の進退の相談を受けた時には迷わず退職することをすすめた。
会社の方針でそれから三年は辞められなかったが、何とか無事に退職できた。
環境適応能力とは素晴らしいものだ。
友人は地獄のような証券会社で数十年やり遂げた。
適応できないものは早々に去る。
彼の退職時、数千人の同期は10人以下に減っていたという。
彼を適応へと導いたものはなんであろう。
彼とは中学校のクラスメイトだ。
彼は不良グループのメンバーだった。
家庭が複雑で、友人作りが苦手。
頭はいいのだが、堪え性がない。
高校には中退留年を経て5年間通った。
親友であった不良グループのリーダーは、20歳を迎える前にシンナーから抜け出せずに、命を絶った。
一年の浪人生活をし、私が心理学を学んでいる大学に三年遅れで入学した。
彼は相変わらずどこか寂しそうで、すねていた。
長めの前髪で、目が隠れている。
痩せた体で煙草を吸い、ベースギターを弾いていた。
不思議と私たちは似ていた。
浪人中に彼は言った。
「人より遠回りして、それでも大学に行こうとしている。そこまでして行こうとしてる大学だから、きっとすごいんだと思う」
「ないよ。大学なんてクソだ。呼吸するのでさえ嫌になる」
私は優しく答えた。
それでも彼は入学し、私の言ったとおりだったと力無く笑った。
私も彼も4年間耐えた。
忍耐だ。
環境に適応するためには、鈍感力が必要だ。
何が起きても、自分の外のことであると感じよう。
入院も9日目になると、救急搬送で目が覚めなくなった。
おしゃべりなご老体達とも会話し、自主リハビリして時間を過ごしている。
目的は退院。
ここで起こることは過程でしかない。
隣の病室で、眠れなかったと暴れる人の声と物音が響いている。
心を乱されない。
そうして鈍感力を身に着けていく。
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